明治の初期には、この古来の太政官制をとったが、この場合には太政大臣、左大臣、右大臣がおかれていました。
これは合議機関としての内閣制によったものではないから、太政大臣が長官である単独の機関であって、左右大臣や各省の長官は太政大臣の下僚としてその指揮監督に服した。
したがって、左・右大臣は内閣制におけるような独立性をもちませんでした。
その後、明治憲法下では内閣制になり、内閣を構成する大臣のほかに宮内大臣、内大臣の制度がありました。
内閣は一般の国務について天皇を輔弼する機関であるから、皇室の事務について天皇を輔弼する宮内大臣と、天皇の側近にあって諸般の下問に答える内大臣が、内閣を構成する大臣とは別に存在しました。